発見!ご当地「油」紀行
第24回 東京都(足立区)文化フライ
“職工さんの街”で生まれた幻のフライ
東京都の北東部に位置する足立区。近年では、日暮里・舎人ライナーやつくばエクスプレスなどの新交通システムの開通や、区をあげた“美味しい給食”を目指す取組み等がメディアでも注目されていますが、江戸時代、その南東部は中山道と日光街道の第一宿“千住宿”の宿場町として栄え、他の地域には田園風景が広がっていました。戦後は、数多くの戸建て住宅や、工場、そして都営住宅が建設され、急速に市街地化します。都営住宅に入居した人々は、自宅でセルロイドのおもちゃやうちわなど、様々なものを内職として作り出し、足立区は“職工さんの街”へと変化していきました。昭和30年代、そんな都営住宅の一室から生まれたのが、“文化フライ”です。“幻の昭和の味”とも例えられる、その料理とは?
根強いファンに支えられる初めてでもどこか懐かしい下町の味
文化フライとは、具のないフライのこと。小麦粉に水やガムシロップを入れ練った生地を小判形に成型し、パン粉をまぶして揚げた料理です。秘伝のソースをたっぷりとつけて食べると、初めて食べてもどこか懐かしさを覚える味が広がってきます。
昭和30年代に足立区在住のご夫婦が考案し、区内や隣接する地域にある寺社の縁日の屋台で売っていました。「足立区でも全員が知っている食べ物というわけではないんですよ。縁日があった神社の周りに住んでいた人だけが知る食べ物でしたね。」と、子供の頃から文化フライの味に親しみ、今でも考案者と親交のある方。昭和30年代といえば、家庭で作る揚げ物は、年に数回食べる天ぷらぐらい。フライものは、たまに肉屋等でコロッケを購入して食べる程度で、なかなか家庭では食べられるものではなく、子供の頃縁日で食べた文化フライには一種の特別感があったようです。
縁日で多くの子どもたちに親しまれていた文化フライも、考案者のご夫婦が高齢になったことにより、10年ほど前に屋台を店じまいをしてしまいましたが、そのサンプルは足立区の郷土博物館に模型として展示されています。「文化フライの模型は、平成21年の博物館のリニューアルのときに作りました。このリニューアルでは人々の記憶や聞き取りが限界になりつつあった昭和30~40年の生活全般の記録を残すことを目的としており、文化フライもその一部なんですよ。地元のボランティアの方々の協力で出来上がりました。」と学芸員の方。今ではなかなか目にすることができなくなったその姿を、地域の人々は博物館で再発見し、新たな記憶として留めています。
いつまでも残したいローカルフード ソースをたっぷりつけるのがポイント
今や、“幻の味”となりつつある文化フライ。しかし、北千住駅にほど近いお好み焼き屋で提供されており、実際に食べることができました。こちらの文化フライは、揚げる直前のパン粉をつけるところまで考案者の方が作ったものを仕入れ、お店の方が注文を受けてから一つずつ揚げます。「子供の頃、縁日で食べたあの味がどうしても食べたくなって・・・。考案者の方に頼んで、こちらで出すようになったんですよ。」とお好み焼き屋のご主人。メニューには「説明不要。味を知ってる方のみ注文してください」という注意書きがあります。「これは決して万人受けするものではないんですよ。ただ、懐かしいという記憶がある人には喜んでもらえるので、こんな注意書きを書いたんです。」
中温の油で揚げること、約2分。こんがりとキツネ色に揚げあがったところで、串を刺し、特製のソースをたっぷりとかけます。ソースは通常のウスターソースよりも薄め。うっすらとだしの香りも漂う、秘伝の味です。揚げたてを一口頬張れは、外側は“カリッ”、中は“もっちり、ねっちょり”、ソースの香りが広がります。昔は多くの子供がラムネと共に食べたであろうその味は、今ではビールに合う味として、郷愁を誘っています。
(12.08.08)
- 問合せは
- 足立区立郷土博物館
電話 03-3620-9393
e-mail hakubutsukan@city.adachi.tokyo.jp
http://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/ - 価格
- 2本420円