当社グループは、2021年度より、2030年に実現すべき姿「日清オイリオグループビジョン2030」と、その最初の4か年の取り組みとなる中期経営計画「Value Up +」をスタートさせました。「ビジョン2030」では、当社グループの強みの中核である植物資源をベースとした油脂をさらに磨き上げ、成長の原動力とし、健康やおいしさ、美の多様な価値を創出いたします。そのため、事業基盤となる地球環境の保全・回復に努め、原料のサステナビリティをグローバルトップレベルに深化させていきます。また、2050年までに「カーボンニュートラル実現」を目指すための長期戦略の検討を進めています。
- こうした戦略のレジリエンスを更に向上させていくため、気候関連のリスク・機会の特定・評価および対応策について継続的に検討しています。
- 検討のアプローチとしては、まず気候関連のリスク・機会を特定し、定性的に影響度等を評価し、そのうち重要性や分析データの入手可能性等を考慮して、より詳細な分析を進めています。
- この一連の検討プロセスにおいては、「気候変動の進行が抑制された世界」(1.5℃/2℃シナリオ:産業革命以降の世界平均気温上昇幅が1.5℃/2℃程度に抑えられた世界)と「気候変動が進行する世界」(4℃シナリオ:産業革命以降の世界平均気温上昇幅が4℃程度上昇する世界)の対照的なストーリーを考慮しています。一般的に、1.5℃/2℃シナリオでは炭素税を含む各種法規制の強化や消費者嗜好の変化が顕著になる一方、4℃シナリオでは気候変動が深刻化し風水害等の強度・頻度が高まります。
(2-1)気候関連リスクおよび機会の特定・評価
- まず、下表1のとおり、当社グループにとっての短期/中期/長期の気候関連のリスクと機会を特定するとともに、それらの財務上の影響について定性的に評価しました。
- 事業活動への影響が大きいリスクとして、炭素税によるコスト増加やCO2排出枠購入費用の発生、脱炭素関連の設備投資費用の増加、持続可能性に配慮した購買行動の高まりや自然災害が頻発・激甚化することに伴う原料調達コストの増加、ならびに製品価値の低下による消費者離れに伴う売上減少、生産拠点が被災した場合は製品供給能力の低下とそれに伴う売上減少等が想定されます。
- 事業活動への影響が大きい機会として、エネルギーや水等の資源効率の向上により生産コストを削減できる可能性や、消費者・顧客の購買行動の変化に対応した商品の開発・販売により売上が増加する可能性が挙げられます。
▼表1: 気候関連リスクおよび機会の一覧
【表中用語の定義/考え方】
- 「発生時期」:当該リスク/機会が「最短でいつ発生し得るか」を示しています。なお、短期=現在~5年未満、中期=5年以上10年未満、長期=10年以上を目安として定性的に判断しています。なお、既に発現しているリスク/機会については「短期」に含めています。この時間軸の定義は、当社グループの経営戦略(短期戦略として2024年までの「Value UP +」、中期戦略として2030年までの「日清オイリオグループビジョン2030」)における時間軸の考え方と整合的です。
- 「発生可能性」:当該リスク/機会が実際に発生する可能性や確率を示しており、定性的に3段階(高/中/低)で評価しています。なお、既に発現しているリスク/機会については「高」に含めています。
- 「影響度」:当該リスク/機会が現実のものとなった場合に当社に及ぼす影響の度合いを、主に財務的影響の観点から定性的に3段階(大/中/小)で評価しています。
- 「★」:試行的に影響度の定量化(金額換算)を実施したものを示しています。
分類 |
財務上の影響 |
影響度 |
発生 可能性 |
発生時期 |
短期 |
中期 |
長期 |
リスク |
移行 |
政策・法規制 |
炭素税の上昇により、エネルギー・容器・輸送等のコストが増加するリスクがあります。また、企業のCO2排出量取引制度の導入により、排出枠購入費用が発生するリスクがあります。(★)
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大 |
高 |
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トレーサビリティに関わる法規制強化を受けて、認証原料に対する需要の増加に伴う原料価格の上昇、設備投資費用の発生、事務コストの増加、法令違反による罰金等の発生および売上への悪影響、といったリスクがあります。
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中 |
高 |
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気候変動による社会環境の変化や法規制の強化の影響により、サプライチェーンでの法令違反や森林破壊・人権問題による訴訟を受けるリスクがあります。
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中 |
低 |
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従来型の環境負荷の高い農法からの転換や土地利用規制の強化により、生産量の低下、人件費の増加等が生じ、原料価格が上昇するリスクがあります。(★)
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大 |
高 |
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技術 |
脱炭素技術の開発・普及により、生産体制の脱炭素化に向けた大規模な設備導入が求められ、設備投資費用が増加するリスクがあります。また、投資が想定通りの効果を発揮しない、あるいは、資金不足によりブレイクスルー的な新技術を導入できないリスクがあります。
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大 |
高 |
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市場 |
持続可能性に配慮した購買行動の高まりにより、環境に配慮した大豆、菜種、パーム等の原料価格が上昇するリスクがあります。また持続可能性を担保できない場合、製品価値の低下から消費者離れに繋がり、売上が減少するリスクがあります。
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大 |
高 |
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評判 |
ESG投資が加速する中で、当社グループの関連する取り組みが遅れた場合や情報開示が不十分な場合、株価の低迷や融資が停滞するリスクがあります。 また、意図しない風評の拡散により企業価値が低下するリスクがあります。
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中 |
低 |
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物理的 |
急性 |
自然災害の頻発・激甚化により、原料産地が被災し、収穫減に伴う原料価格の高騰リスクがあります。また、生産拠点が被災した場合は、生産・販売・物流能力が一時的に低下し、売上が減少するリスクがあります。(★) また、意図しない風評の拡散により企業価値が低下するリスクがあります。
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大 |
高 |
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慢性 |
気象パターンの変化(気温上昇、降水量変化等)が、大豆やパームの発育に悪影響を与え、生産量が減少し原料価格が高騰するリスクがあります。また原料の品質・安全性や製品の安定供給に悪影響を与えるリスクがあります。 また、意図しない風評の拡散により企業価値が低下するリスクがあります。
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大 |
中 |
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機会 |
資源の効率性 |
資源効率の向上(エネルギーや水消費量の観点で効率的な機器の導入や高度な生産管理、等)により、生産コストが削減できる可能性があります。
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大 |
高 |
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プラスチックのリサイクル促進、バイオプラスチックやプラ代替容器への切替により、資源循環を推進することは、容器包装にかかる調達の安定化や商品の付加価値ひいては顧客評価の向上に寄与する可能性があります。
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中 |
高 |
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エネルギー源 |
再生可能エネルギーの活用により、CO2排出量(Scope1、2)を抑えた製品を販売し、付加価値を訴求する事で、サプライチェーン排出量削減を求める顧客の満足度向上と売上増加に繋がる可能性があります。
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中 |
高 |
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製品・サービス市場 |
消費者・顧客の購買行動の変化(エシカル消費/健康/自然派志向、等)に対応した製品(植物性由来の化粧品、機能性食品、認証パーム油、等)の開発・販売により、売上が増加する可能性があります。
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大 |
高 |
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強靭性 (レジリエンス) |
乾燥や熱耐性型の農産物普及により、気候関連の被害(熱波、干ばつ等)による原料生産量低下や供給不安定化等の軽減に繋がる可能性があります。
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中 |
中 |
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BCPの強化により、気候変動に由来して自然災害が頻発化・激甚化したとしても、緊急時の製品供給体制を維持できることで、売上の安定化・増加、企業の社会的価値向上および株価上昇、資金調達の円滑化等に寄与する可能性があります。
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中 |
高 |
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- 上記で特定したリスクのうち、今年度は特に、「①原材料の収量および価格の変化」「②炭素税・ETS等によるコスト増」「③気象災害による生産停止に伴う利益減」について、詳細に分析しました。具体的な検討にあたっては、IPCC、IEA、FAO、NGFS*等の各国際機関の公表するシナリオにおける定性/定量情報(例えば穀物価格の見通し等)を参照しました。
- (略語注)
- IPCC :気候変動に関する政府間パネル(各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的とした政府間組織)
- IEA :国際エネルギー機関(第一次石油ショックを機に設立されたエネルギー安全保障等のエネルギー政策全般をカバーする国際機関)
- FAO :国連食糧農業機関(食料の安全保障と栄養、作物や家畜、漁業と水産養殖を含む農業、農村開発を進める国連機関)
- NGFS:気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(気候変動リスクへの金融監督上の対応を検討するための中央銀行および金融監督当局の国際的なネットワーク)
①原材料の収量および価格の変化
まず、主要原材料別の収量の変化見通しは次のとおりです。いずれの原料においても基本的に増加傾向が見られます。
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大豆 |
菜種 |
パーム |
カカオ |
直近実績(2012)を100とした場合の、 2050年BAU(成り行き)下での全世界合計収量 |
143 |
150 |
158 |
126 |
次に2℃および4℃シナリオの違いによる影響を把握するため、FAOの「2050年のBAU(Business As Usual:成り行き)における単位当たり収量を100とした場合の2050年の2℃および4℃シナリオでの変化」を、下図2の通り整理しました。右上表の区分に従って凡例で示しています。
▼図2:原材料の収量変化リスク
- ※ FAOの収量シナリオ値に基づいた分析結果を示しています。
- ※ 北米、南米、東南アジアの地図上の位置は特定の国を指すものではありません。
以上の分析から、まず収量面については、基本的に2050年に向けて世界全体でみれば増えていくものの、2℃および4℃シナリオとBAUシナリオを比較すると、4℃シナリオでは大豆と菜種で収量が維持または増加する生産地域がある一方、2℃シナリオではどの原材料・生産地域でも収量が減少する影響があることが示されました。この原因としては、シナリオに含まれる様々な要因が複合的に影響しているものの、おそらく地域/国によっては気候条件の悪化以上に政策的な要因(土地利用規制や環境負荷の高い農法に対する規制等)が大きく影響するためと推察されます。なお、今後は供給面に加えて需要面の動向も踏まえ、両観点から分析を深めていきます。
一方、原材料の「価格」面の変化については、主要原材料の一つである大豆の主要生産国である米国とブラジルを対象とし、NGFSによる1.5℃相当シナリオを用いて2030年と2050年の大豆価格の変化による年間調達コスト増加額を算出しました。このシナリオ下での価格変化は炭素価格や生産効率向上のコストを反映したものであり、算定結果は移行リスクによる財務影響を示しています。
▼表2:「農業における脱炭素による原料大豆価格上昇」の財務算定結果
シナリオ |
国 |
2030年調達コスト増 (億円/年) |
2050年調達コスト増 (億円/年) |
1.5℃ |
米国 |
131 |
210 |
ブラジル |
34 |
49 |
2020~2022年の平均年間購入量を基に価格変化の影響金額を算出
価格については1.5℃シナリオで米国・ブラジル産の大豆がともに上昇し、財務影響算定を行ったリスク項目の中で最も大きな影響(2030年に合計165億円/年、2050年に合計259億円/年)となりました。今後、菜種、パーム油等の価格変化による影響も検証していきます。
②炭素税・ETS等によるコスト増
「炭素税・ETS等によるコスト増」については、当社グループで温室効果ガス排出量が大きい日清オイリオグループ株式会社(日本)とISF(マレーシア)を対象に、IEAのWorld Energy Outlook 2022におけるAPSシナリオ(Announced Pledges Scenario、2.0℃相当)およびNZEシナリオ(Net Zero Emissions by 2050、1.5℃相当)下の炭素価格を用いて、2030年と2050年の炭素価格による年間負担額をそれぞれ算出しました。この2社で当社グループが管理しているScope1、2排出量の96%以上を占めています。
▼表3:「炭素税・ETS等によるコスト増」の財務算定結果
シナリオ |
自社対策 |
企業名 |
2030年負担額 (億円/年) |
2050年負担額 (億円/年) |
2.0℃ |
現状維持 |
日清オイリオグループ(株) |
27 |
40 |
ISF |
8.4 |
33 |
削減目標を達成 |
日清オイリオグループ(株) |
16 |
0 |
ISF |
4.0 |
0 |
1.5℃ |
現状維持 |
日清オイリオグループ(株) |
28 |
50 |
ISF |
19 |
42 |
削減目標を達成 |
日清オイリオグループ(株) |
17 |
0 |
ISF |
9.1 |
0 |
「現状維持」:2022年度のCO2排出量で算定
「削減目標を達成」:2030年は排出量50%削減(2016年比)、2050年は排出量ゼロで算定
「炭素価格」:IEA WEO2022を参照
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2030年 |
2050年 |
2.0℃ |
1.5℃ |
2.0℃ |
1.5℃ |
日清オイリオグループ(株) |
135$ |
140$ |
200$ |
250$ |
ISF |
40$ |
90$ |
160$ |
200$ |
以上の「炭素税・ETS等によるコスト増」リスクの分析から、2.0℃および1.5℃シナリオのいずれにおいても削減目標を達成することにより2030年の負担額を半分程度に抑えられるという示唆が得られました。削減目標達成の場合、2030年度の2社合計負担額は2.0℃シナリオで20億円/年、1.5℃シナリオで26.1億円/年です。
③気象災害による生産停止に伴う利益減
「気象災害による生産停止に伴う利益減」については、国内事業を対象に洪水による操業停止を想定しました。また、物理リスクは長期的なリスクであるため、2050年のみを対象にしました。IPCCの4℃シナリオと2℃シナリオ下のそれぞれについて、操業停止による年間営業利益減少を算出しました。
▼表4:「気象災害による生産停止に伴う利益減」の財務算定結果
シナリオ |
国 |
2050年操業停止による 年間営業利益減少額(億円/年) |
4.0℃ |
日本 |
1.76 |
2.0℃ |
日本 |
1.32 |
- ※年間営業利益減少額=災害発生頻度×操業停止日数×年間営業利益÷245日
- ※文部科学省・気象庁による「日本の気候変動2020 詳細版」より、災害頻度は東日本太平洋側における日降水量200mm以上の発生回数(4.0℃
0.4回/年、2.0℃ 0.3回/年)使用しています。
- ※操業停止日数は、国土交通省による「治水経済調査マニュアル」による床下浸水時の操業停止日数(10日)を使用しています。
以上の「気象災害による生産停止に伴う利益減」リスクの分析から、気象災害の影響が大きいとされる4.0℃シナリオでも影響額は1.76億円/年であり、財務影響算定を行ったリスク項目の中で最も影響が小さいことが示されました。今後、分析対象国の拡大や被災に伴う資産損害による影響(修繕費等)等も検討していく予定です。