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- 植物油からおいしい香りがするメカニズムの解明
およそ半世紀ぶりのメカニズム解明に向けた挑戦
食品のおいしさの追求は、食品会社である当社にとって重要な使命です。私たちが食品を口にした際、「おいしい」と感じる要素の一つに「香り」があります。食品の香りは、食材そのものが持っているものもあれば、調理などの加工時に付与させるものもあります。植物油は加熱調理に使用される場合も多く、加熱によって酸化されて多くの香気成分を生じます。従って、加熱酸化によって生じる香りを制御することが、食品のおいしさ追求にとって重要であると考えられました。そこで、最先端の技術を有し、油脂の酸化研究で多くの実績を持つ東北大学の研究室と、油脂の加熱酸化によって生じる香気成分の生成メカニズムを解明することを目的に、共同研究を開始しました。
大豆油や菜種油等に多く含まれる不飽和脂肪酸(分子内に二重結合を持ち、室温で液体状の脂肪酸)は、加熱によって比較的容易に酸化され、様々な香気成分を生成することが既に広く知られていました。これに対し、パーム油やココナッツオイル等に豊富に含まれる飽和脂肪酸(分子内に二重結合を持たず、室温で固体状の脂肪酸)は、漠然と「酸化されづらい」と認識されており、その実態ははっきりとはしていませんでした。そこで、私たちは敢えて、この飽和脂肪酸の酸化に着目しました。
研究開発では、過去の研究を徹底的に調査し、「どこまでが分かっていて、どこからが分かっていないのか」を知ることが重要です。こういった調査の上に、さらに新しい発見があってこそ、「巨人の方の上に立つ」ことができるのです。飽和脂肪酸の酸化について、大昔の文献を調査した結果、飽和脂肪酸であっても、その一部が加熱の過程で酸化されることに加え、非常に興味深いことに、動物性食品のおいしさを司る香気成分であるメチルケトンやラクトン(乳製品や牛肉等に含まれる風味成分)が生成される可能性が示唆されていました。
この香気成分の生成メカニズムの解明に向けた研究は、1980年頃までは断続的に行われたようですが、当時の分析技術では、その実態やメカニズムを完全に解明することは困難を極めたため、飽和脂肪酸の酸化に関する研究は、結局のところ今日に至るまで途絶えていました。そこで当研究グループは、およそ半世紀ぶりにこのメカニズムを解明すべく、共同研究を実施しました。
飽和脂肪酸の酸化によって生成する動物性食品のおいしさを司る香気成分の正体を明らかにし、その生成メカニズムを解明
1.当研究グループは、50年以上前の研究を徹底的に調査し、飽和脂肪酸の中でも、長さが中程度のもの(中鎖脂肪酸)がおいしさを司る香気成分であるメチルケトンやラクトンを効率良く生じさせることができるという仮説を立てました。なぜなら、香気成分は分子の大きさが中程度に小さく、室温でも蒸発して鼻腔に届くからこそ、香りとして認識されるためです。実際に中鎖脂肪酸を加熱したところ、いくつかの酸化物(ヒドロペルオキシド)が生じることが確認されました。さらにこの酸化物の分解により発生したと思われる甘い香りを感じ取ることができました。そしてこの香気成分を分析したところ、その正体は確かにメチルケトンやラクトンであることが判明しました。
2.次に、これらの香気成分の生成メカニズムを解明するため、最先端の技術を用いて、中鎖脂肪酸の酸化によってできた酸化物(ヒドロキシペルオキシド)を構造の違いによって分け(これを分画と言います)、それぞれを加熱(熱分解)した際にどのような香気成分が生じるかを調べました。その結果、中鎖脂肪酸から、特定の構造を持つ酸化物を介して、メチルケトンやラクトンが生成することを証明しました。
プラントベースフードへの展開
メチルケトンやラクトンは乳製品や牛肉等に含まれる香気成分であり、これら動物性食品のおいしさを司っています。本研究によって見出された知見は、植物油に含まれる中鎖脂肪酸から、動物性食品のおいしさを意図的に創り出すことに利用できる可能性があり、プラントベースフードのおいしさ向上等に役立つことが期待されます。一般的に食用油脂の無作為な酸化は、おいしさを損なうこと等につながるため、できるだけ抑制することが望ましいと考えられています。しかし、特定の油脂をしっかりとした制御下において酸化することで得られる成分は、当グループの研究により、新たな利用価値を秘めていることが分かりました。当研究グループは、このような油脂の魅力を引き出す研究を今後さらに加速させることで、これからも「おいしさ・健康・美」を追求していきたいと考えています。